【10年後の自分へ】大人になった話となりたくない話。

成人式を終えた。大人になった話。

別に、成人式を終えたからといって大人になったわけではない。

もちろんハタチの誕生日を迎えたからといって大人になったわけでもない。

それでも、成人式を終えたことで心情の変化はあった。

 

中学の時のクラスメイトに会うのは5年ぶりで、男性はわかる人が多くて女性はわからない人が多かった。

授業中抜け出してやんちゃしてた人からは社会に揉まれ、仕事の愚痴を言いつつも立派に働いてる話を聞いて感心した。

オタク友達は店長をやっているらしく、苦労しながらも頑張っているんだと驚いた。

部活の仲間は専門学校卒業間近で内定を決めているし、親友たちは高学歴マンの如く大学に通っている。

結婚する人も出てくるし、社会に出て責任を持って働く人も増えてきた。

中学からの「5年」…その時間は人の環境を大きく変化させるには十分すぎる時間だということ。

 

会うべき人とはなぜか会うし、会いたい人には理由をつけてでも会いに行く。

でも今日みたいな日に集まるってことは、そういう人以外とも会うわけで、やっぱり苦手な人もいる事になる。

死んでも話したくない奴とか、なぜか合わない奴とか、残念ながらいないけど元カノとか。

面白いのは5年経ってると意外と喋れたりして、当時のこと笑い流せたり、素直になれたりすることもあるかもしれない。

もしかしたらこれを「大人になる」っていうのかもしれないと思った。

もちろん絶対に許せないこともあるし、僕の中学時代の黒歴史動画を丁寧に保存してた友人たちのスマホは割れればいいと思ってる。

 

 

もうひとつ。これは大人になりたくない話。

10年前の自分からの手紙を貰った。ありがちなアレ。『』が本文。

『20歳の自分へ』

 

冒頭には夢が書いてあった。

『20歳になって、プロ野球で2年目ですか、もしくはむりで、野球に関わっていますか。友情はありますか。』

高卒2年目プロ選手とかどんだけ高望みだよって今なら思える。当時は本気だった…はず。

そして最後の文は今の自分に通ずるものを感じる。唐突な青春色。

 

『これからも頑張って、そして諦めないで、そして、絶対に、諦めたらそこで終わり…、だから諦めないで。そう、諦めなければきっといい、人生が送れるよ。』

句読点の打ち方が秀逸。どれだけ諦めたくないんだっていう。

 

『そして困った時は、諦めるな、人を頼って、自分に勝て、その3つのルールを守ってがんば』

色々と矛盾のある3つのルール。当時はこういうのマイブームだった気がするからそういうことだろう。

 

『それとあまり無理をしないで怪我もあまりしないようにね。元気にやれよ』

上から目線だし、10年後の自分になんてこと書いてんだって思うけど、図星で笑えない。そんな手紙だった。

手紙を読んで「大人になりたくないなぁ」と思った。

歳を重ねるにつれて、大きく語ってた夢は等身大の夢になる。

綺麗な景色を見てはしゃいでた姿は、周りの視線を気にして写真に収めるくらいしかしない。

体育祭や合唱祭の学校行事に必死に打ち込んでた日々は、今じゃ休み期間欲しさに効率を重視してしまうだろう。

「大人になる」ことは良くも悪くも社会に馴染むことだって思ってしまう。

 

僕は綺麗なものは綺麗だってはしゃぎたいし、美味しいものは美味しいって表情に出して食べたい。

面白いことは馬鹿げてても全力で楽しみたくて、望みのない恋をしたって好きならやっぱり好きって伝えて頑張りたい。

いい意味で、子供でいたい。先ばっかり見てないで、「いま」を生きたい。そう思う。

 

 

以下、少し重いです。読みたい人だけ。

 

 

クサイですよね。わかります。でもそんなクサイ生き方をしたいなって思うんです。

20歳ってなんだろう。大人ってなんだろう。感情ってなんだ、恋ってなんだ、夢ってなんだ、人ってなんだ…

いろんな疑問を持って生きれるのって幸せだと思うし、そういう想いを僕は表現して生きていきたいなって。

このあいだ80歳の方とお会いしました。年末にあったおばあちゃんもいい歳だし、うちの犬はもうそんな長くない。

 

僕はたった20年。でも、20年。

この間に多くの人が生まれて、少なくはない人が死んでいる。

作品という作品で「人が死にすぎだ」なんて言われるが現実も大概だ。

ニュースでは毎日のように誰かが亡くなったニュースが流れる、自殺、事故、災害、殺人…。

実際、僕の20年でひいおじいちゃんが寿命で亡くなって、おじいちゃんは病気で亡くなった。

大震災の跡地に行って、被災者の話を聞いて泣いたこともある。

そして何より、小学生ながらもクラスメイトが病気で亡くなって、大学生になって友人の自殺を聞いた。

いまだに大学の友人の自殺は信じられていない。葬式に行けてないから、どこかで生きているんじゃないかって似た人とすれ違うたびに振り返ってしまう。

 

死ぬことって突然なのに、ほとんどの人が明日も生きてると思ってる。

生きてるって本当に凄いことだって、実感したのは友人の死を知ってからなんて、笑えない。

それ以来「本当にやりたいことはやる、後悔はしないようなるべく頑張る。」そう決めた。

これを読んだ人がどう思うかなんて分からないし、こういうことって人に言われて変わるものじゃないってわかってる。

だから、”僕”は人にクサイって言われるような生き方でも自分が1番したい生き方をしたい。です。うん。文がめちゃくちゃです。笑

 

というわけで成人して、この気持ちが冷めないうちに残したかった。

10年後の自分へのタイムカプセル、生きていてほしい。それだけが願いの気もする。

ここまで読んでくださった方には感謝を。まとまりのない文ですがすいませんでした。

 

あなたは、生きてますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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